とりで通信

第140号 ルース・ドフリース著「食糧と人類」を読み、勉強になりました


椎貝達夫

 皆さんも植物の栄養に窒素・リン酸・カリウムが必要なことは、小学校か中学校で習い、覚えておられると思います。私も授業を受けた覚えがあります。
しかしそれがどうして必要なのか、それが不足するとどうなるのかについては、学校の先生からあまり説明がなかったと思います。
皆さんはどうでしたでしょうか。
植物に必要な栄養素は、それを動物が食べるので、動物にも必要なはずです。 
しかし腎臓病ではこれらの元素は「眼の仇」です。
長いこと腎臓病の治療に携わってきましたが、この根本的な栄養素の問題について不勉強でした。その点この本は大変勉強になりました。

 「学際」という言葉があります。これはいくつかの異なる学問分野がかかわることをいいます。
私は医学について毎日新しい知識をつめこんでいます。
ふだんの勉強はそれで十分と思いがちですが、医学の隣の分野である生物学、農学についてはさっぱりわかっていませんでした。
「雑学」というと良い意味に聞こえませんが、これからは「雑学の大家」になろうと思います。
かっこうをつければ「より学際的に生きる」となります。

1.ヒトは、ほかの命をいただかないと生きられない

 昭和20年前後、私が6~7歳の頃は、食料事情がもっとも悪いときで、どの食料品店に行っても棚に品物がありませんでした。
母親は「米びつがカラになったら子供達が飢えてしまう。どうしようかと思った」とあとになって述懐しました。

 いま、日本では食料を手に入れるのに何不自由もありません。スーパー、コンビニに行けばあらゆる食材が手に入ります。 
著者ドフリースは「食料品店は現代の聖域」と述べていますが、日本のデパート地下の食料品売場(デパ地下)もその1つです。

 動物は植物やほかの動物を食べて生きています。
もし食べられなければあっという間に死んでしまいます。
「いただきます」「ごちそうさま」は、命をいただくことへの感謝の言葉です。
私達は生命に対する畏敬をともすると忘れてしまっています。

 牛や豚、鶏、魚の命はどのように奪われているのか、また穀類、果物、野菜はどうやって収穫できるのか、いま小・中学校で生徒に教えているのでしょうか。
私の子や孫に聞いたところでは、よく教えられていないようです。
テレビをつけるとどこかでグルメ番組があり、食物を口に頬張って感嘆の表情を浮かべるレポーターが大写しにされます。
それが良いとも悪いともいえませんが、私達の先人がどれだけ苦労して今の楽に暮らせる生活を手に入れたかを、少しは考える必要があると思います。

2.窒素(N)をとりだす

 窒素はN2の形で自然界に存在します。
この窒素同士の結合はきわめて強固で、これをばらばらのNにするには雷の高電圧など特殊な条件が必要です。
生物が利用できるNとするには、自然界ではマメ科植物につく根粒菌、あるいはアゾトバクターが役割を担っています。
しかし根粒菌が常温下でどのようにして強固なN-N結合を解くのか今もってわかっていません。科学・化学は発達していますが、バクテリアがやすやすと行っていることが未だに人間はできないのです。

 窒素はフリッツ・ハーバー(Fritz Haber)という天才的なドイツの化学者が特殊な条件の低い温度で窒素の結合を解く方法を見つけ、この研究で1918年にノーベル賞を受賞しました。
その後、カール・ボッシュ(Karl Bosch)が工業化を進め、「窒素固定法」は“ハーバー・ボッシュの方法”と呼ばれています。

 余談になりますが、ハーバーは火薬の合成にも手を伸ばし、第一次世界大戦で多くの人々の殺傷に加担しました。
すぐれた化学者でしたが、人を救ったと同時に人を殺したと世間の非難をうけ、失意のうちに1934年65歳で亡くなりました。

 日本では1908年に国策会社日本窒素肥料株式会社が設立され、その後台湾・韓国・上海・広州に子会社を設立、2011年社名を変更JNC(JNC Co., Ltd 資本金330億円)が設立されています。

3.リン(Phosphorus-ギリシャ語で「光を運ぶもの」-)気が遠くなるリン循環

 リンは植物の細胞を構成し、植物の葉緑素は光のエネルギーを用いて二酸化炭素(CO2)と水から、デンプンや糖などの有機化合物を合成します(光合成)。
葉緑素が行う光合成は試験管内ではできません。
これも現代科学でなお解けない謎なのです。
 リンはアデノシン3リン酸(ATP)としてこの葉緑素に含まれます。
また骨や歯はリンとカルシウムから成り立っています。
リンは植物のみならず、動物に広く含まれています。

 腎臓病の食事療法では、リンは制限すべき代表となっていますが、生物全体では、リンはなくてはならない元素なのです。

 窒素は空気中に高濃度で含まれていますが、リンは空気中に漂ってはいません。リンはどこにあるのかというと、もっとも手近かなところでは尿や大便に含まれています。尿中リン排泄量は健常な人で1日1000~2000mgです。
 
 リンは窒素とともに植物の生育になくてはなりません。
家庭菜園用の肥料の袋には窒素、リン、カリウムが含まれていると書かれています。
腎不全になると制限しなくてはならない三つの元素が、実は元来生きてゆくには必要なものなのです。

 植物は動物に食べられ、その動物もやがて死にます。
土壌中の生物が動物の死骸を分解します。
リンの元素は土壌に戻り、水に溶け、植物の根から吸い上げられます。
このリン循環は短時間で一巡りする場合と、何年もかかる場合があります。

 しかし全てのリンがこの閉鎖的なサイクルに止まっているわけではなく、徐々に土壌のリンは失われていきます。

 漏れ出したリンが土壌に戻る方法は1つだけあります。
これには「地質学的な」気の遠くなるような時間を要します。
リンは海底に沈み、上に堆積するものの重みで岩に押し込まれます。
このリン鉱石が海底に止まっていればサイクルはそこで終わりですが、海底プレートの移動とともにリンもゆっくりと移動し、海底プレート同士がぶつかり山ができると、リン鉱石は高い所まで持ち上げられます。
リン鉱石が風化し解放されたリンを植物が利用します。
このゆっくりとしたサイクルが一巡りするには100万年以上かかります。

 このような気長なサイクルでは、リンの需要はとうていまかなえません。
リンを求め、はじめは動物の骨が原料とされましたが、自国内の骨では間に合わず、北米で乱獲されほとんどが絶滅したバッファローの骨に眼をつけました。
また、海鳥のフン(グアノ)もリン肥料の原料となりました。
しかし数10年でこれらがとりつくされ、増える需要にとても追いつきませんでした。

 つぎにリン鉱石が注目され、現在世界中のリン鉱石の鉱脈から採取することでリンの需要は何とか間に合っています。

 先に述べたように、リンは尿に多く含まれています。また糞便には窒素が高い含量で含まれています。

 これら糞尿は昔から肥料として使われてきました。
ところが現在の先進国は糞尿を海に流してしまい、利用していないのです。

 江戸時代には大名や金持ちの住む地域から出る糞尿は「上肥」として農家が買い取りに来ました。
鎖国下にある日本人が何とか生き延びることができたのは、このリサイクルがうまく機能していたためといわれています。
 リンは全体としては足りないはずなのに、湖水に流れ込む川に含まれるリン濃度は高く「富栄養化」により酸欠状態になり湖水の魚が大量死しているニュースはご覧になっていると思います。

4.慢性腎臓病(CKD)と窒素

 三大栄養素(糖質・脂質・蛋白)のうち、蛋白だけが窒素を持っています。
蛋白制限とは窒素摂取を減らすことです。
1950年代まで、蛋白制限はCKD治療に絶大な力を発揮すると信じられていました。
その頃は良い降圧薬もなく、蛋白制限に大変な期待が寄せられました。
しかし、薬が出揃ってきた現在、蛋白制限にそれほどの効果がないことがわかってきました。

 CKDは云うまでもなく、腎機能が低下する病気です。
1960年代まではクレアチニンは測れず、血清の窒素濃度で腎機能の低下を判定していました。この「窒素の時代」には、血中窒素の増加は治療する医師に強く印象づけられ、蛋白を制限するという発想をもたらしました。

 私の手持ちの成績では、以下の二つが蛋白制限が無意味ではないかを示すものです。

 一つは49人の、1年間進行が停止している患者さんの蛋白摂取量をしらべると、蛋白0.49g/StWtkgから1.52g/StWtkgときわめて広汎に分布し、蛋白摂取量はCKD進行と無関係に思えることです。

 もう一つは、瞑想でCKD進行がまったくなく、2年間eGFRが変わらない患者さんが20人に達しますが、この人達の蛋白摂取量は0.48g/StWtkgから1.3g/StWtkgときわめて広汎に分布する事実です。

 結局、蛋白摂取量は0.8 g/StWtkg前後でいいのではないかというのが、私の持論です。今なお極端な蛋白制限が全国で指導されています。あるCKD患者さんは「蛋白40g」といわれ、食事内容を克明にノートに記録し、体の筋肉が減少しフラフラになり、うつ状態になり、心療内科に通っていました。放置すると危なかったのですが、何とか正しい食事療法に戻れました。

 クワシオルコルはアフリカにみられる、蛋白が摂取できないことで起こる栄養障害ですが、このクワシオルコルを、行き過ぎた蛋白制限により、食物があふれる日本でも起こしそうになっているのです。

5.リン制限は、皆さんに長生きしてもらいたいから

 生物の生存に必要なリンも、腎機能が低下してくると過剰となり、リン制限が必要となります。
リン過剰かどうかは今までは血清リン値で判定してきました。
皆さんにお渡ししている「腎臓病手帳」の血清リンの欄には、リン目標値4.5mg/ml以内と書かれていますが、これは訂正しなくてはなりません。
「尿中リン排泄量」がむしろ正確にリン摂取量を反映すると考えられ、当院でも24時間蓄尿からリン排泄量を求めています。

 リンは腎機能低下でどうして過剰になるのでしょうか。
尿中リン排泄量は糸球体濾過値(GFR)が低下すると低下し、リン酸イオンが増加します。
リンが過剰になると、リン排泄を促そうとする生体反応が生じます。
その一つが血中の線維芽細胞増殖因子(Fibroblast Growth Factor,FGF-何種類もあるが、代表は23番目のFGF23)で、リン利尿ホルモンです。
もう一つは副甲状腺ホルモン(Parathyroid Hormone, PTH)で、これもリン利尿に働きます。FGF23はCKDの進行と関係するといわれ、進行因子の本命ではないかと考えられています。

 リンが過剰な状態を放置するとどうなるのでしょうか。
直接血管を障害し、動脈硬化を促進し、さらに血管内部を障害します。
FGF23、PTHの増加も心血管を傷める方向に働きます。
したがってリン過剰を放置すると長生きできません。たとえいろんな努力で透析は免れても、全身の動脈が傷んでしまうのです。

 いま瞑想法、その他でStage4,5に至っても進行していない患者さんが増えていますが、私が口やかましくリン制限を云うのは、患者さんの将来を考えてのことなのです。
リン制限の中心は、コメからのリン摂取を減らすことです。
私が20数年前に開発した「メディカルライス」は、一切化学的処理を加えず、ただ特殊な精米機でコメの形状を残したまま削ったコメですから、味がよく、リン制限に適しています。

 尿中リン排泄量300mg/日以下、あるいは少なくとも400mg/日以下ができていれば、リン制限は十分といえます。

おわりに

 地球が誕生した40億年前から、地球が持つ各種元素の量は変わっていないといわれます。
大気中に拡散した元素は引力により成層圏を越えることはありません。
つまり「宇宙船地球号」は誕生時の元素を持ったまま宇宙を航行しているのです。
われわれの寿命がつき、灰とガスになってもそれらは結局は地球上に止まり、ある部分は次の生命の誕生に使われます。
「輪廻」という言葉が主に仏教で使われます。宗教者は数千年も前に地球号の原理を知っていたのでしょうか。

 「食糧と人類」は私にいろいろなことを教えてくれました。皆さんにも読むことをお勧めします。

 

 

 

 

 

 

参考書籍
 「食糧と人類」 日本経済新聞社
著者:ルース・ドフリース(Ruthe DeFries)
コロンビア大学 経済・進化・環境生物学教授、女性で、夫ジット・バジバイはインド人らしい

 原題は「巨大な歯車:人類は自然の危機に直面しながらどうやって繁栄したか」歯車(ratchet)
とは、一方向にしか動かない歯車を意味する