とりで通信

第119号 糖尿病性腎症(diabetic nephropathy : DN)の椎貝クリニックの成績


椎貝クリニック     椎貝達夫

1.糖尿病(diabetes mellitus: DM) 患者数は間もなく1,000万人を越える

    “DMが強く疑われる人”の数は、国民健康・栄養調査によると2007年調査で890万人に達しています。調査は5年毎は行われており、1997年には690万人、2002年は740万人でした(図1)。増加率でみると1997-2002が10.7%、2002-2007が12%と増加のスピードは増しており、次の2012 年調査では1,068万人を超えるのは間違いなさそうです。なお、”強く疑われる人”とは約1カ月間の血糖値の動きを伝えるHbAlc が6.l%以上だった人で、かなり正確な集計と思われます。

    DNはDM患者の約30% に発症しますから、DN患者は間もなく300万人に達します。すでに達しているかも知れません。

2. 1998年からDNは透析の原因となる腎臓病の第l位となり,さらに年々増加している

    次にDNの終着駅とも言える、DNからの透析導人数を見てみると、図2に示すように、1998年にDNはそれまでの透析原因の第1位だった慢性糸球体腎炎を抜き、透析原因の第1位となりました。その後DNの占める割合は増加し、2009年末には44.5%に達しています。

    DNが発症し透析に至るまでの期間は、慢性糸球体育炎(chronic glomerulonephritis;CGN)のそれに比べ約半分と短かいのです。透析患者の総類は2009年末に29万人を越えました。2010年末には30万人を越えたと予測されます。透析患者は高齢化しており、亡くなる人も多いのに、透析患者数が増えているのは、DNという進行の速い腎臓病が多く透析に導入される為と思われます。

3. しかも,DN患者さんには良い治療が中々届かない

    DNは、はじめDM専門医が診ているこ とが多いのです。一般の開業医師が診ていることも、もちろん多いのですが、蛋 白尿が1+、2+と増えてくると、DM専門医へ紹介されます。紹介を受けたDM専門医はDMの治療のエキスパートですから、血糖コントロールはそれまでより良くなるかも知れませんが、それはすでに発症しているDNにはほとんど影響しません。 常に尿蛋白が2+以上の状態とは、1日1g 以上の尿蛋白を表します。ここまでDNが進んでしまうと、DMが産んだDNはいくら元の病気のDMを治療しても受けつけないことが多いのです。産んだ子供が”独り歩き”を始めるのです。

    腎専門医の集まりでは、「DM専門医がもっと早く回してくれたら」という話がよく出ます。しかし尿蛋白2+の方々が賢専門医にすべて紹介されたとしても、治療成績はそう良くなるとは思えません。それは115号で述べたように、「蓄尿あり」の診療が日本腎臓学会の標準的な治療法として採用されていない為に、患者さんの尿蛋白レベルが正確にわからず、したがって治療がうまく行っているかどうかもわからない為です。敢えて言わせていただくと、DM専門医が診ていようが腎再門医が診ていようが、治療成績はそう変わらないのではないでしょうか。

    このような状態をどうすれば良いのかは、まとめの項で述べます。

4. 稚貝クリニックの成績

    クリニックに通院しているDNの方々は丁度50人です。CKDステージでみると、図3 に示すようにステージ3が11人(22%)、ステージ4が17人(34%)、ステージ5が 9 人(38%)でした。図4にDN 5O人の初診時の尿蛋白排泄量を示しました。初診時にARB(アンジオテンシン受容体拮抗薬)などの抗蛋自作用のある降圧薬をすでに飲んでいる人も多いのですが、一旦すべての薬を中止するなどの処置をすると、時には患者さんに危険だったり、また治療がそれだけ遅れる為、ARBを含む降圧薬は前医から引き続き飲んでいてもらう場合も少なくありません。

    さて治療成績ですが、12力月間観察できた25人中12人(48%)で1年間に,わたりCKD進行の「完全停止」が得られました(図5)。また6力月間観察できた38人中20人(52.6%)で同じく「完全停止」が得られました(図6)。12カ月完全停止例、6カ月完全停止例のごく最近の尿蛋白排泄量を図7に示します。

    また尿蛋白排泄量の減少度でみると、1日0.3g未満という将来に亘って進行しないレベルに達した人は2人(4%)、そこまで行かないが今後ほとんど進行しないと思われる1日0.3~0.5 gが7人(14%)でした(図8)

    「完全停止」が12カ月間も続いている人がかなり多いことは明るいニュースです。図7に示したように、「完全停止」の人々には、尿蛋白がそれ程減っていない人も含まれており、尿蛋白が減らなくても腎機能が安定してしまう「何か」があるようです。尿蛋白が十分減らなくても完全停止するのなら、治療は大分楽になります。

    現在、椎貝クリニックに通院しているCKDの人々は全部で250人以上に増えています。CGNなどの「非糖尿病性腎症」は約200人です。その中にも多くの進行完全停止例があります。完全停止例を集めて特徴を探れば、停止に至る鍵がわかるかも知れません。

    ところで影の部分の成績として、尿蛋白がどうしても減らず、1日3~8gに止まってしまう人もかなり居ます。図9は尿蛋白が減らなかった10人の尿蛋白排泄量の経過です。

5. DNの進行を抑える次の一手はあるか

    これについてはさまざまな工夫を試みています。2009年10月から使えるようになった抗レニン薬「ラジレス」は期待したほどの効果を上げていません。図9の蛋白尿が減らなかった人々にはすべてラジシス300mg(2錠)が投与されています。

    DNの約30%は蛋白摂取量と尿蛋白排泄量が正相関します。つまり蛋白摂取量を減らすとそれだけ尿蛋白排泄量も減少します。そこで超低蛋白食(very low protein diet: VLPD)にすれば、正相関を示す人ではさらに尿蛋白排泄量が減るかもしれません。VLPDは誰にでもできることそはなく、VLPDを勧めても約半数の人しか実行できません。VLPDの蛋白摂取量は蛋白0.5g/標準体重kgですから、ガイドラインで48gの蛋白摂取量だった人は30gに制限します。普段40gから50gの蛋白摂取量を立派に実行している人でも、これはかなり難しいことが想像できると思います。VLPDを実行する場合、栄養障害を起こさないさまざまな手を打ちます。例えばカロリー確保を十分にするよう、カロリーが多く低蛋白の食材を患者さんにいろいろ用意してもらいます。尿クレアチニン排泄量は筋肉量の指標ですから、毎回手帳に記入するようにします。そのようにしてうまくVLPDが実行できると尿蛋白排泄量に対しある程度の効果があります。図に示しませんが2010年5月から通っている61歳の男性の場合、尿蛋白排泄量が7.8gから2.7gと大幅に減り、腎機能は25%減少していますがなおeGFRは16(mℓ/分/1.73㎡)に保たれています。VLPDは次の一手としてもっと実行してもらう価値があります。

    薬剤はいろいろ試みていますが今の所あまり良いものがありません。古い文献で高度の蛋白尿に非ステロイド系消失薬(NSAID)を用いたところ腎機能はそれほど下げずに蛋白尿が大幅に減ったというのがあります。クリニックでの診療は蓄尿をはじめいろいろな安全策が十分考慮されています。そこでNSAIDをどのような量で用いれば尿蛋白排泄量だけ減らし、腎機能に悪い影響を来さないかを検討すべきと思います。

6.まとめ

    DNは中々治療がうまく行かず、ステージ4、ステージ5で治療を始めても透析に入ってしまうことが多いのですが、進行性の側から見ると、完全停止している例ではかならずしも尿蛋白が減っていないので、完全停止に至るには別の鍵があると思われます。それを見つけ出さなくてはなりません。

    日本糖尿病性腎症研究会という学会が毎年12月に開かれますが、そこの発表を聴いてもDNに正面から取り組んだものはほとんどありません。このままではDNが益々猛威をふるい、どこの透析センターもDNばかりになってしまうでしょう。

    DNは蛋白1+~2+の発症早期なら、治療はそう難しくありません。DN早期から「蓄尿あり」の完全な診療で治療できる体制を、早く構築するべきです。