とりで通信

第121号 長期観察から見えてくるCKD治療法


椎貝クリニック      椎貝達夫

1) はじめに

    CKD(慢性腎臓病) の進行を抑え、透析療法に入る方々を少しでも減らそうと25年以上に
亘って研究してきました。

    今日は長期の観察で見えてくること、-それはおそらく「事実」と思われますが-について
述べたいと思います。

    現在、医学上のエビデンス(証拠)として、「前向き試験」で得られた結果が第一級のエビデンスであると言われています。「前向き試験」の代表的なものは、ある薬の効果を見るのに本物の薬と偽薬(プラセボ)を用意し、無作為にどちらかの薬をわりつけます。無作為ですから患者さんの意思、試験を主催する研究グループの意思とは無関係に、薬はわりつけられます。このわりつけ後2 年間、時には5 年間にわたり、どちらの薬の効果があったかを検討します。この方法は真実を見るのにもっとも良い方法とされています。

    しかし問題もあります。5年間の観察で得られた結果が果たして10年後、15年後も真実であるのかという点です。

    現在、人間の寿命はどんどん長くなっています。60歳の人ではあと30年生きることが期待されます。高々5年間の観察結果がその後もずっと通用するのでしょうか。 -その保障はまったくありません。

    私の 研究方法は、「観察研究」といわれるものです。来院する患者さんを自ら設定したガイドラインどおりに診療し、得られた結果を分析し、何がCKD 進行に関係したのか、どの薬が有効であるのか、などを見極めてゆきます。

    このような研究方法には多くの雑音(ノイズ)が入ります。

    皆一定の枠組みの治療を受けますが、「前向き試験」のようにある薬の効果を純粋に見るわけではありません。CKD 診療ではご存じのように10種類以上の処方となることも珍しくありません。患者さんが来なくなる、「脱落」も前向き試験より多く発生するかも知れません。

    しかし幾らでも長期間観察できる点は、大きな利点です。

    長期観察から見えてくる、CKD治療の進歩については、4つの成果がありますが、紙数の
関係から2つについて述べたいと思います。

CKD一口メモ (1)

CKD(Chronic Kidney Disease 慢性腎臓病)

下記のいずれかまたは両方を満たす場合はCKDと診断される。

(1) たんぱく尿などの尿異常、画像診断や血液検査、病理所見で腎障害が明らである状態が3ヶ       月以上存在すること。

(2) 血清クレアチニン値をもとに推算した糸球体濾過量(eGFR)が60ml/分/1.73m2未満の状態          を3ヶ月以上持続すること(腎臓の働きが健康な人の60%未満

2) 取手コボート研究-加齢で腎機能は低下する-は事実ではない

    年を重ねると腎機能は下がる、それは仕方がないことだと信じている患者さんが大部分です。

しかし私が取手協同病院(現JAとりで総合医療センタ一)で調べた結果はそうではありませんでした。

図1は非糖尿病性腎症(NDN-慢性腎炎、腎硬化症など、糖尿病性腎症以外の大部分の腎臓病の総称)の8年間の長期観察の結果です。腎機能(クレアチニンクリアランス:Ccr)の勾配がはじめの値より多いグループ、すなわちCcrが増加する例が8年間の観察で12例12.9%ありました。もっとも多かったのは、Ccrの勾配が中央値より多い例で、59例、63.5%で、これは本質的には腎機能が変らなかった例と判定されました。残りの22例、23.6%がCcr下降例でした。

    つまり私の長期観察では、もっとも多かったのが不変例、次が減少例、その次が増加例でし。これは加齢により腎機能は減少するという、「世界の常識」とまったく異なる結果です。この違いは何故生じたのでしょうか。

    それは観察方法の違いによると思われます。

    加齢により腎機能が減少する根拠としてよく示されるのが図2です。これに類した検討は沢山行われています。図2ではまことにきれいに加齢により腎機能が減少しています。

    この図2の腎機能は放射性物質を用いたクリアランスです。1057人もの人々の成績で男性、女性とも加齢でいかにも腎機能が低下するように見えます。しかしここで気をつけなくてはならないのは、この研究は多くのサンプルによる「断面調査」によっている点です。断面調査で多くのサンプルを集めると、説得力のある図が短期間で得られます。しかしそこには陥し穴(ピットフオル)があります。用いた一人一人の腎臓は”健康な” 腎臓と言えるでしょうか。図2の一人一人は腎移植のための腎提供のため、入院した人々です。ただ寄せ集めた人々ではない点、多少個々の背景は揃っているかも知れません。しかし飽くまで断面調査で、私が行った一人一人の患者さんの腎機能をずっと8 年間に亘って追跡した「縦断調査」に比べると、信用性が低いのです。ここで表1 に二つの方法についてまとめました。

    縦断的研究は実は1985年にリンデマン(Lindeman)からの報告がすでにあります。1958年から1981年という長い期間、254人の正常ボランティアの人達のクレアチニンクリアランスを観察しました。図3は上から加齢とともにはっきり減少する群、わずかに減少する群、まったく減少せず、ずっと横這いの群を示しています。1例毎に何年観察しているかを辿ると、20年以上の長期例が多いことがわかります。

    さてリンデマンの投げかけた疑問に誰も答えることができませんでしたが、図1の私の8年間の観察はほぼ同一結論です。私が診ている患者さんの観察年数が増えれば正しい答えが見えてくるでしょう。なお図4に示した尿蛋白0.3 g/日未満の人々は腎機能がまったく変らない「別世界」に居るCKD患者さんですが、なかには8年も経過している例もあり、8年も横這いということは加齢=腎機能低下説を否定する一材料ではあります。

    3) 腎不全の終末期には,3-6力月の腎機能安定期-プラトー(平坦)形成期-のある例が多数派だった

図5の73歳の男性は尿蛋白は2 g/日と多かったのですが、12カ月間は腎機能が安定していました。しかし最後に急速に腎機能が低下して遂に腹膜濯流に人ってしまいました。最近迄このような腎機能安定期があるのは例外で、大部分は図6のように一定の勾配で腎機能が低下し、透析に至ると思っていました。

    しかし改めて終末期と言える、透析に至る迄の6カ月の腎機能をプロットしてみると、むしろ安定期(プラトー期)を形成し、その後急速に低下する例が多いことがわかりました(表2)

    これは私にとって新発見でした。安定期が何カ月間かあるなら、この安定期を引き延ばすことができれば、透析を先送りできるかもしれません。

    尿蛋白が5 g/日と多い人では薬をいくら用いても尿蛋白を2 g/日迄しか減らすことができません。尿蛋白が8 g/日なら減らすことはもっと困難です。つまり今の薬物療法では尿蛋白を減らすには大きな壁があり、図4のように尿蛋白を0.3 g/日未満として生涯の透析回避を狙うことは多くの例で不可能と思っていたのです。

    尿蛋白が出続けていても、もし安定期を無限に延ばすことができれば、「透析回避」も夢ではなくなります。

    現在何人かの方に腎保護に働くとされる薬を迫加し、経過を見ています。もしこれがうまく行けば朗報です。そのデータを発表できる日が来ることを、私自身も心待ちにしています。

4) おわりに

    「観察研究」という研究方法に、優れている点があることがおわかりになったでしょうか。患者さんから得られるデータは宝物です。しかしこの宝物が「宝の持ち腐れ」になっている病院が大部分です。これからも宝の山の発掘を続けてゆきます。