とりで通信

第124号 日本のもっとも優れた資源、それは日本人そのもの


椎貝クリニック    椎貝達夫

    今回は、いつもの記述と趣きを変え、まず英国医学雑誌「ランセット」の日本特集号を紹介し、次いで二人の外国人、二人の日本人が日本の文化、日本の個性をどう見たかについて述べます。

    日本人には外からの影響で揺るがない「個性」があり、それが前号123号で示した好成績をもたらしています。その好成績を他の日本の優れた文化とともに、外国へ広げることが大切と思います。

1) 「ランセット」が,日本の医療制度を賞賛

    イギリスの医学雑誌「ランセット」の2011年8 月30 日号は、日本の国民皆保険制度50 周年記念特集号でした。ハーバード大学公衆衛生学教授のマィケル・R・ラィシュ(Reich)の、この日本特集号に寄せたコメントは眼を惹きます。「日本の医療費は増加しているが、それでもGDP比8.5%(2008 年)と、OECD 諸国のうちで20 位という低さである。その一方でつい最近迄世界一の平均寿命を達成していた。女性ではなお世界一で、平均寿命は86.4 歳である。世界に類を見ない高齢化の波をかぶりながら、日本が依然として公平性を保った医療制度を維持しているのは驚異的であり、第二次世界大戦以前から行われていた公衆衛生政策、高い就学率と教育水準、伝統的な食習慣と運動、経済成長、安定した政治環境などが重要な要因として挙げられる」と述べています。

    安い医療費で人間社会の理想としてきた長寿社会を実現できたその原因は、世界の為政者の誰もがきわめて興味を示す事がらなのですが、日本人はそのことに関心を持ません。日本はすでに一つの理想社会を作りあげてしまったのです。そのことに日本人はもっと誇りを持たなくてはいけません。

2) 世界の東の涯てで見つけた,個性輝く国

    ハインリッヒ・シュリーマン(Heinrich Schliemann 1822~1890)は1871年にト ロイの遺跡を発見したことで有名ですが、43 歳のとき日本を訪れ「シュリーマン旅行記 清国・日本」(講談社学術文庫)を書いています。ドイツ人ですが、語学の天才で、わずかの期間でロシア語に堪能になり、モスクワで藍の貿易商として財をなしています。先に挙げた「シュリーマン旅行記 清国・日本」はフランス語で書かれています。
    幕末の日本でシュリーマンは、それ迄歴訪したアジアの国々との違いを記しています。それは一言で言えば簡素さでした。「日本の舟は白木のままで、一切塗装がない」、「日本人の家の畳の間は食堂、居間、寝室に使われる。西欧の家にある家具調度といったものは、本来要らないものではないか」「出迎えの役人にチップを渡そうとするとにこやかにそれを断り、”ニッポンダンジ”と胸を張った」同じアジアにありながら、日本のきわめて個性的な習慣・気風を書き残しています。

3) 「陰翳禮讃」で日本の美の本質を衝く

    谷崎潤一郎(1886-1965)は「細雪」「鍵」 などで知られる豊麗な官能美と陰翳のある古典美を展開した作家で、文化勲章を受章しました。
    その著 「陰翳禮讃」(1933)の中で、日本の文化に占める陰翳の大切さについて述べています。「美は物体にあるものではなく、物体と物体の作り出す陰翳のあや、明暗にあると考える。夜光の珠も暗中に置けば光彩を放つが、白日の下に曝せば宝石の魅力を失う如く、陰翳の作用を離れて美はないと思う。」「能に付き纏うそう云う暗さとそこから生ずる美しさは、今日でこそ舞台の上でしか見られない特殊な陰翳の世界であるが、昔はあれがさほど実生活とかけ離れたものではなかったであろう。何となれば、能舞台における暗さは即ち当時の住宅建築の暗さでありー」と、陰翳を禮讃しています。日本人でも気づかなかった日本の美についての一つの視点です。「禮讃」は中公文庫にあります。お読みになると、行き届いた文章が続き主張とはこのように展開するものかと感銘を受けると思います。「谷崎文学」と称される日本文学の一つの高峰の基軸がここにあります。

4) 外国の文化の大波を何度となく受けながら,コアは変らない日本文化

    ドナルド・キーン(Donald Keene,1922 ~)はニューコーク生まれのアメリカ人で、コロンビア大学教授ですが、日本を愛し、2012 年に日本国籍を取得しました。日本の文学についての膨大な著作があります。「果てしなく美しい日本」(講談社学術文庫)のなかで、「中国の莫大な影響も、ある点では、日本人の基本的な様相に変化を与えることはできなかった。魚その他の海産物に依存し、非人工的で素朴な風味を特徴とする日本食は、さまざまなソースや調味料を用いる中国料理とはまったく違う。家や家のしつらえも非常に異なっている。衣服についても、明らかに中国の大きな影響を受けはしたが、日本では日本なりの発達を遂げた。」「しかし、最初のうちこそ眼につくこうした痛々しい不調和ともいうべきありさまにもかかわらず、この国の全体的な印象として誰しもほぼ例外なく抱くのは、まれにみる美しい国土、親切で魅力的な人々、見る者に生き生きと伝わってくる活力に満ちた都会、そして農耕に明け暮れる一年の太古以来変らぬ周期に依然として従っている農村の生活であろう」「武士が甲冑で戦ったころから数えてわずか40年足らずの国が、陸上でも海上でも近代ヨーロッパの強国を打ち破ったのである。他のアジア人とは対照的に、日本人は世界でヨーロッパ人と同等の法的地位をかなりの程度で享受できるようになった。実際、伝統的な日本はほとんど影もかたちもなくなってしまうのではないかと考えた外国人もいた。だが、彼らは、日本人が過去を保持する驚くべき能力を持っていることを忘れているのだった」

5) 日本人のメンタリテイーそのものが,世界文化遺産だ

    最後に個性ある現代の日本人として、杉本博司(1948 ~)を挙げたいと思います。杉本は東京生まれで、モノクロ写真が世界的評価を受け、世界各地で個展を開催し、近年は建築、文楽などにも活動範囲を広げています。1974 午よりニューコークに在住し、2010年に紫綬褒章を受賞しています。ニューコーク近代美術館 (MoMA)に写真を評価されたのをきっかけに、世界で評価されています。氏は週刊文春12年4月26日号の対談で「日本の潜在的文化資産はフランスの比じゃない」、「日本には隣国と国境線で接している国と違って、自国の文化が他とどの位ちがうのかという評価の基準がずっとなかった。だから、どんなに素晴らしい文化的資産でも、外国人に褒めてもらうまで空気のように思っていた」と述べ、「日本人は一万年の間、自然は壊しちゃいけない、自然は十分に食べものを与えてくれるんだから – と考えて、自然との共生関係の中で八百万 (やおよろず)の神様にお願いし、恵みを受けてきた。大陸の壊す系の文化とは、根本的にちがう」と言います。氏の一番重要なメッセージは「日本人のメンタリティそのものが世界文化遺産だとすら思っている」です。

6)  さて,本題です。クリニツクで生まれた好成績の原因は,どこにあるのか

    前号の「第三の道を目ざそう! -透析でも移植でもない、CKD 問題への解答」で述べたように、椎貝クリニックの治療成績は最近格段に良くなり、CKDの進行群は全体の30%を切り27%に至 りました。1年間のデータですから、これがずっと続くのかどうかはもっと長期間の経過をみる必要があります。今600人以上のCKD 患者さんが通っておられるので、1年間の経過を辿れる方は大幅に増えます。今年の年末にはもっと多数例での結果を報告できます。年日の診療の実感では、成績はさらに良くなることはあっても、悪化することはないと思います。私も年末の集計結果を楽しみにしています。

    図2 の小生のCKD保存療法にはオリ ジナルの部分がかなりありますが、根幹の部分は欧米の多くの総議論文や教科書に学びました。米国のミッチ (Mitch)教授、イタリアのレムソチ(Remuzzi) 教授、ルゲネンティ(Ruggnenti) 教授、などから、文献を通して学びました。

    保存療法の4 つの柱のなかで私がもっとも力を注いだのが食事療法でした。日本初の前向き多施設ランダム化試験、JAPAN-KD 試験の研究班長も努めました。しかし食事療法のうち蛋白制限の効果についてはあまりはっきりせず、食塩制限がきわめて大切という成績が得られたことは、「とりで通信122号」で述べたとおりです。

    薬物療法についてはもっとも他から学び、投薬プログラムについては、多くの読者がご存じと思います。

    私の治療法でもっともオリジナリティ-が高いものは、1.血圧調節と4.集学療法、だと思います。

    他の研究者のCKD についての治療成績の報告を読んでも、「進行例が30%以下に減少したと」いうものはありません。好結果をもたらした、その違いはどこにあるのか、検討する必要があり、作業を進めています。

    結論めいたことを言いますが、この優れた治療成績をもたらした一番の原因は、対象である患者さんが優秀であったことだと思います。言い換えれば日本の文化、日本の風土の中ではじめて得られたものです。

    患者さんに蓄尿を勧めはじめて40年になりますが、「そんなことはできない」と結局蓄尿の一部を持参しなかった人は2人しか居ませんでした。欧米では蓄尿を以前から行い、40年前に日本はそのやり方を学んだのですが、2006年の国際会議で蓄尿ではなく随時に得られた尿(spot尿)から尿に関する情報を得ることに決まってしまいました。その変更の元になったのは、欧米ではトイレ内に蓄尿容器があることが家族に強い嫌悪感を生み、蓄尿を嫌がる患者さんが多い為と聞いています。この為に尿からの情報は尿蛋白/尿クレアチニン比I種類しか得られなくなり、これがどうも欧米の成績で改善がみられない、大きな原因になっているようですが、そこに言及した論文はありません。日本人にとってもトイレ内に蓄尿バッグが眼に触れるのは気持ちの良いものではないでしょう。しかしどうしてそれを敢えてやる必要があるのかを理解しない人は、ほとんど居ないのです。自分の為、家族の為になることなら、多少の不便さ、不快さは忍ぼうじゃないかと考えます。先に述べた杉本博司の言葉や柳田国男の「遠野物語」をはじめとする著作にあるように、日本人は元来あらゆる物に霊魂があると考えてきた民族です。今でもお寺や神社の前は素通りしないで手を合わせたり拍手を打つ人は少なくありません。ひょっとするとバッグ内の蓄尿も自分の分身のように思える人もあるのではと思います。杉本博司が指摘した、日本人のメンタリティーそのものが、この「保存療法」に好影響をもたらしているのではないでしょうか。

    血圧調節に強く関わっている家庭血圧法は家庭に血圧計がないと実行できません。日本の家庭には3600百台の血圧計があると言います。こんなに多数の血圧計を家庭に備えている国は、ほかにはありません。購入するお金はあっても、必要がなければ買わないと思いがちですが、日本人は「半面使わなくても必要な時もあるかも知れないので買っておこう」と考える人種です。某血圧計メーカーの調査では、血圧計を買ったけど日常的に用いず死蔵している人が大部分と言うことです。このことは悪く解釈されがちですが、「健康チェックに大切なものだからとりあえず買っておこう」という周到さが日本人にはある、と良く解釈すべきだと思っています。

     「ランセット日本特集号」は日本の偉業を讃えていますが、このような好結果を生んでいる原因は何かについての言及が不十分に思えます。

    私はその原因の最たるものは蓄尿や家庭血圧で発揮された日本人の本質を見抜く怜悧さ、周到さにあるのではないかと思います。

7) おわりに

    「ランセット」日本特集号を紹介し、日本・日本人についての外国人・日本人の評論を紹介しました。
    シュリーマンは中国という大国の強い影響下にある島国だから、習慣、風俗は中国とあまり違わないだろうと思ったに違いありません。しかし東方の外れを訪れてみると、強い個性を持った国がありました。ラィシュは国民皆保険50年間達成をもたらしたさまざまな要因を挙げました。しかしその解説で言及しなかった一つの要因があります。それは日本人の民族としての個性です。

    日本は中国・韓国の影響を有史以前から受け続け、明治の開国で今度は欧米文化の大波をかぶりました。1945年の敗戦後は特に米国文化の影響下にあります。しかし2000年以上も進んだいろいろな文明の影響を受けながら、日本人の精神構造の芯 (コア)の部分はまったく揺らいでないように思えます。遂に日本国籍を取得したキーンは、この点をよく理解しています。

    日本人は理解力、判断力に優れていますが謙虚です。自分を強く押し出そうとしないので外国の会議では低く評価されます。しかしそれはマイナス面ではありますが、同時に大きなプラス面が裏にあるのです。それは「調和の能力」です。今は個性を押し出し、他との競争に勝たなければならない時代だと言います。しかし誰もが競争を始めたら、社会はどうなるでしょうか。行先を見失い、理想社会とは似ても似つかない、醜悪な社会が出現するだけなのです。

    一人一人が優れていながら、集団の目的性は見失わない点が、日本人の素晴らしい所なのです。

    この民族としての優秀さにラィシュは言及しませんでした。

    次に123号のCKD治療成績について再度述べ、その成績が優れているのは、対象である患者さんの所為ではないかと考えました。日本という風土のなかで、初めて得られた好成績と思います。

    家族での蓄尿、家庭での血圧測定といったことは日本人には容易ですが、他の国人々には結構難いのです。

    好成績は日本人の怜悧さ、周到さ、集中力、持続性があってはじめて得られたものです。日本にとってこの優れた日本人そのものが、かけがえのない資源(resource)なのです。

    しかし「日本ではじめてなし得た」と自己満足に浸っていることは、許されません。今後20年間のアジアの国々のGDP増加により、2030年には世界の糖尿病患者は5億人に達すると予測されています。現存約1千万人の糖尿病患者に対し、糖尿病性腎症による透析患者は約10万人です。この比率を当てはめると、5億人の糖尿病患者から500万人の透析患者が発症することになります。

    その対策が今行われている「使えなくなった腎臓だから、他の手段(透析)で代替しよう」方式では、どこの国も財政的に到底保ちません。「腎臓は弱っているが何とか身体と腎臓を共生(symbiosis)させ、生涯を過ごそう」の方式しか、この世界が投げかける難問への解(solution)はないのです。

    日本の一角で得られた好成績を他の国々に広げるには、どうしたら良いでしょうか。まず日本国内でのこの治療法の認知度をもっと上げる必要があります。クリニックで行なわれている治療法は2-3の大学を除いて大学病院では行われていません。残念なことです。

    今年の日本腎臓学会に私は3日間出席し、二つの発表を行い、沢山の演題を聴き、多くの質問もしました。私の成績に匹敵する臨床的研究の報告は、一つもありませんでした。

    私の発表に興味を持つ専門医は徐々に増えています。国内でもっと認識の度合いを高めるため、全国の大きな腎臓内科教室に、これまでの成績を示してゆきます。また世界で認められるこ
とも大切で、今年の米国腎臓学会(ASN)に一題の演題抄録を送りました。181人の患者さんで得られた成績から、新しいCKD進行因子について述べたものです。神田英一郎、栗山廉次郎医師との共同研究です。採択されるかはわかりませんが、かなり特色ある内容です。

    また、行政にも関心を持ってもらう必要があります。地元の取手市住民の患者さんは100人ほどですが、その人達に取手市から何らかの励まし、感謝の言葉をかけてもらうことを折衝中です。

    患者会 腎生会としても、やれることはかなりあります。

    このようにいろいろな方向から運動を進め、このままでは生じる、世界の財政的破綻を防がなくてはなりません。読者の皆様も大いに考え、よい提案をお願い致します(文中敬称は略しました)。