とりで通信

第125号 血圧コントロールについて


椎貝クリニック                椎貝達夫

1) 慢性腎臓病(CKD)では、血圧コントロールがもっとも大切

    図 1はバクリス (Bakris) らの血圧とCKD 進行速度との関係をみた 10 篇の論文をまとめた図
です。血圧を下げるほど進行が遅くなることが示されています。この図の作成は2000年でした。こ
の考えに従い、私の保存療法では、血圧コントロールをもっとも大切と考え、「4つの柱」の一番上
に血圧調節を掲げています。

2)  最近になり,「血圧は低ければ低いほど良い」が疑問視される

    しかし最近の研究では、収縮期血圧(上の血圧)があまり低いと問題が生じるとの考 えが示されました。図2 のKEEP 研究では収縮期血圧 130~139 mmHg までは透析への移行する人数は減っていくものの、 130 mmHg 未満では逆に増加しています。 図3は心臓病発症についての ONTARGET研究の結果ですが、収縮期血圧が112mmHg群では心臓病発症の危険度が増すことが示されています。

    図2,3 に示された、血圧が低いと逆に危険度が増す現象は、Jの字の形を示すことから、「Jカーブ現象」と云われています。「CKD 診療ガイド2012」は医師向けに出版された最新の診療ガイドですが、この中で特に65歳以上の高齢者CKDでは、診察室血圧 (外来血圧)で収縮期血圧110
mmHg 未満への降圧を避けるよう明記されています。つまり血圧を下げることは大切だが、あまり急に下げることは好ましくなく、慎重に下げることが勧められてます。

3)CKD保存療法では,家庭血圧測定を血圧コントロールの中心に置いている
    現在椎貝クリニックには600人以上のCKD患者が通院しています。第1回目の診察のとき看護師が家庭血圧記入用紙を患者 さんに手渡し、測定法と血圧の記録法を教えます。95%の患者さんが家庭で血圧を測定し、血圧を記録した記入用紙の控えを外来に提出しています。このような家庭血圧測定は、もう20年の歴史がありますが、データを積み重ねるほど、この方法の良さが実感されます。

    家庭血圧測定は、以下の利点があります。

1.血圧値はもっとも信頼できる
     診察室血圧はいくら注意深く測定しても、患者さんの精神状態、測定時刻などの影響を受け、不正確になる。家庭血圧は患者さん自らが家庭で精神的緊張が少ない状態で測れるため、はるかによく「実際の血圧」を伝える。また測定時間も大まかに指定しているため、測定時刻の影響も受けない。

2.毎日、あるいは週1回患者さん自らが「測る」という行動をするため、血圧とはどういうものかの理解が深まる。治療上大切なデータを、患者さん自らが作成しているので、自らが治療に参加していることが実感され、治療に積極的になる。

     高血圧は日本のもっとも大きな国民病です。脳出血、脳梗塞、心筋梗塞の原因となっている病気です。したがって高血圧の治療を徹底的に行うことは、これらの脳、心臓病を予防するためにきわめて大切です。他院でかかっていた多くの高血圧患者が当院を訪れますが、かなり多くの人が血圧下降が不十分です。その原因は、血圧測定が診療室血圧によっているためではないかと思います。先に述べたように、診察室血圧に比べ、家庭血圧ははるかに信頼性が高いのです。日本は3600万台の血圧計が家庭にある、世界でも稀な国です。高血圧診察でなぜこの血圧計を用い、家庭血圧値を中心とした診療を行わないのか、不思議に思います。

    当院のCKD治療成績が抜群に良い理由の一つは、この家庭血圧測定法の採用にあると思われます。

4) 過度の血圧下降は,当院でもCKD進行を促しているか?

    さて、過度の血圧下降は、当院の患者さんでもマイナスに作用しているでしようか。
図4 は家庭血圧収縮期圧が110 mmHg 以下の、一般に「過度の降圧」と云われる血圧値が長期間続いている、10人のCKD患者のeGFRの経過です。すべての人でeGFR は横這いで、誰一人下降していません。つまり家庭面圧で過度の降圧がみられても、腎機能が低下するなどのマイナス作用はみられないのです。

    当院の患者さんでJカーブ現象がみられないのは、なぜなのかはわかりません。家庭血圧法でみた過度というか、十分な降圧は腎機能に関する限り特に支障ないと思われます。

5)  しかし過度の降圧に別の問題があり,それには十分な注意を要する

    二人の患者さんを提示します。
はじめの例は85歳男性で、慢性系球体腎炎によるCKD 5 期です。東京への通勤途中、電車内で失神し救急車で病院へ運ばれました。低血圧による失神発作と診断され、2時間の安静後帰宅しました。

    次の例は75歳男性で、慢性糸球体腎炎によるCKD 4 期の人です。駅のホームを歩いている途中、失神発作を起こし、駅医務室に運ばれました。この人も1時間の安静で血圧が上昇し回復しました。

    このような低血圧による失神発作はかなり頻繁にみられます。今年の夏は大変暑く、暑さのためか「血圧が下がりすぎた」という患者さんからの電話を沢山いただきました。

    今迄十分な血圧下降で尿蛋白をできるだけ減らすことが進行を抑える、と信じて治療してきました。しかし多数の患者さんを扱ううち、これまでの治療プログラムを修正すべきではないかと考えるようになりました。図5は181人のCKD患者で1年間進行がまったくみられない「停止例」および腎機能が改善している「寛解例」の尿蛋白排泄量を示したものです。停止例、寛解例ともに尿蛋白排泄量はかならずしも少なくなく、蛋白尿は広汎に分布しているのがわかります。尿蛋白が少ないことが停止、寛解の絶対条件ではないことを示しています。

    以前に「尿蛋白0.3 g未満が進行停止へのパスポート」と述べたことを訂正しなくてはなりません。

    昨年迄尿蛋白を減らすため多くの降圧薬を用いてきました。しかし尿蛋白を大きく減らさなくても停止が得られるのなら、それほど強力に降圧薬を用いる必要はないということになります。

図6のこれ迄示してきた投薬プログラムは訂正すべきかも知れません。現在私が考えているのは、1. 家庭血圧は125/75 mmHg前後に調節する。2. 尿蛋白は1g /日前後まで減らす。-かならずしもそれ以下にする必要はない- 3. 立ちくらみ、めまいといった低血圧発作につながる症状がみられた場合、ただちに降圧薬の減薬を患者さんに伝える。特にa遮断薬(カルデナリン、ミニプレス)は低血圧発作を起こしやすいので、これらを優先して中止する。の3点です。

    とにかく、低血圧発作を完全に予防することが大切です。インスリン療法では糖尿病の名医は低血糖を完全に予防することを第一に考えます。それと同じようにCKD診療医は低血圧発作を完全に予防することに専念すべきです。

図6今まで行ってきた「高蛋白尿療法」