とりで通信

第126号 透析導入を考えるとき - 透析導入基準について -


椎貝クリニック              椎貝達夫

1)  はじめに

    どのような条件のとき、透析療法に入るべきかについては、今まで学会(日本透析医学会、日本腎臓学会)で議論されてきました。図1に示すように、椎貝クリニックに通院している慣性腎臓病(CKD) の患者さんはeGFR 15ml/min/1.73 ㎡未満の人の比率が22.9%ときわめて多いという特徴があります。それは腎機能がかなり悪くなってからようやく訪れた人が多いためですが、他の医療機関では保存療法では最早扱えず、「透析に入るべき」だとされる人達にも、私の方針として「もう透析しかありません」とは言わないで、「もう少し保存療法で頑張ってみましょう」と受け入れていることにもよります。

    と言うのは、「一体どのような条件のときに透析に入るべきか」「どこまで保存療法を続けるべきか」については、充分に追求されていないと考えるからです。

2) 不十分な、「基準」についての患者さんへの説明

    「いっ入るか」は患者さんにとって、もっ とも切実な問題です。最近は何ごとによら ず「説明と同意」の時代ですが、「基準」 について十分に患者さんに説明されてきた とは、到底思えません。この問題にづいて は患者さんは議論の輪のなかに入れてもら えず、置き去りにされてきました。医師をは じめとする医療側は沢山の実例をみています。透析に入るのが遅ければ、最悪の場合患者さん側から告発されるかも知れません。それに対して患者さん側は自分の症状や腎機能についてはある程度の知識はあるとしても、それ以上の知識や経験はありません。つまり両者の間にはいちじるしい知識と経験の差があります。これを「知識の非対称性」と言ったりします。しかし「患者さん側に説明している時間はないから一方的に透析時期を宣告する」というのも粗っぽい考えと思います。2012 年に私のクリニックに新たに訪れた患者さんは200 人程ですが、以前の医療機関で「透析の準備をした方がいい」と言われたその人たちの腎機能には大きな幅がありました。なかにはeGFR が30もあるのに言われた人も居ました。「非対称性」があるとしても、あまりにも医療機関の思うままに、一方的に議論が進められている気がします。

    最近「腎代替療法の見直し」という特集が、「腎と透析」誌で組まれました。「腎代替療法 (じんだいたいりょうほう)」とは、透析と腎移植を指します。「見直し」と言うからには、透析と移植以外の、私が主張している「第3の道」としての保存療法を正面から採りあげるのかと思ったら、そうではありませんでした。飽くまで従来の代替療法のみについて、語られていました。

    筑波大学教授の山縣邦弘医師は、2007 年に透析導入された9692 人の導入時のeGFR をしらべ、平均値は6.52ml/min/ 1.73 ㎡と報告しました。また2007 年の導入患者中、1年以内の死亡例は、1年以上生存した例に比べ、高齢で、非糖尿病患者が多く、血清クレアチニン値低値、血清アルブミン低値があり、さらにシャント造設から導入までの期間が短い、透析導入までの診療期間が短い、という特徴がありました。

    「腎代替療法の開始時期は、腎機能をeGFR 15未満と大まかに判断したら対症的に管理を続けながら、(クレアチニンがさらに上昇するといった)進行性の腎機能の低下を認める場合に考慮する」と述べています。さらに「透析導入が想定される1ヵ月程度前にバスキュラーアクセス(内シャント)を造設する」としています。

    琉球大学教の井関邦敏医師は、同じ特集で、1.導入eGFR が低いほど死の危険度は少なくなるが、導入時 eGFR 2 未満では逆に死の危険度は増す、2.早期開始(eGFR10~14) と晩期開始(eGFR 5~7) で7年間の生命予後に差はなかった(図2)、 3. 75 歳以上のCKD ステージ5の患者
さんについて、保存療法群と透析群にわりつけ、110ヵ月以上観察したが、予後に差はなかった、と述べ、「今後日本は質の高い前向き観察研究を行うべきだ」、としています。「前向き観察研究」とは、例えばあらかじめ観察項目を詳しく決めておき、長期間に亘って観察し、導入時 eGFR の高かった群と低かった群に分け、予後を比較する、といった手法です。はじめから2群にわりつける「介人研究」は倫理的に問題が多いとも述べています。

    世界全体の流れは早期導入に向かいつつありますが、日本では早期導入を主張するエキス
パートは居ず、「eGFR 6 近辺での導入」が主流を占めていると言え、私はこれは、世界の流れ
とは違っても、良い方向ではないかと思います。

3) 当クリニツクでは透析導入までどうすすめているか

    さてクリニックの尊人までの手順を図3で示します。私も他の専門医の方々と同じく、導入の準備をしなければならない腎機能は「eGFR が6未満になったとき」と考えています。このあたりから尿毒症出現の危険性が出てきます。「導入の準備」とは、血液透析(HD)なら内シャント造設、腹膜透析なら腹腔内へのカテーテル留置です。

    この準備をしたうえで、なお保存療法を続け、尿毒症が出現した段階で透析を開始します。尿毒症の症状は表2に示したようにさまざまですが、表1の付記とした、保存療法に用いる薬が多くなり過ぎ、限界を超えたと思えた場合も透析を開始する理由になります。

    しかし尿毒症がいつ現れるかはまったくわかりません。400 種類もあると言われている尿毒症物質のどれかが悪心や全身倦怠感を起こすのでしょうが、どの物質がどの症状と結びつくかは、まだわかっていません。腹腔にカテーテルを留置した人のなかには何の症状も示さず1年6ヵ月経った人もいます。内シャントを造設した場合も同じで、いつ透析を開始したら良いのかの予測はなかなかつかないのです。しかしいつか透析を始める日はかならず来ます。とに角eGFR が6を切ったら私の説得に応じて透析の準備を進めてほしいのです。

4) 導入を安全に行うための対策

    図1に示したように、Stage5の人がかなりの割合を占め、当院は最後の「駆け込み寺」となっています。保存療法に徹すればそうなるのはやむを得ないのですが、ただし安全に進める必要があるのは当然です。透析の時期を逸すると、頚静脈を用いての緊急透析が必要です。これも行
わないとなると、死亡する危険が大となります。患者さんには、そのことを十分知ってもらう必要があります。

    そこで、Stage5からは特別な対策を講じます。

1. eGFR15未満では、図4のような血圧記入用紙を用います。下の欄に起床時体重、食欲などの自覚症状を記入してもらいます。

2. 起床時体重が急に1kg以上増えた場合、それは水貯留による可能性が高いので早めに受診してもらい、胸部レントゲンを撮影し、心胸比(CTR)を以前のレントゲンと比較します。CTRが増加していなければ良いのですが、2%以上増加した場合、飲水量を制限し、利尿薬を強化し、安静臥床とし、その後2~3日おきに体重を報告してもらいます。体重が元の値に戻れば安心できますが、増加したままでは危険で、入院が必要な場合もあります。

危険度(リスク)が高い人

    表1に示した人は、早く透析の準備をした方が良い人です。「準備」についてはすでに述べました。そうしないといつ救急、車が必要となり、病院に迷惑をかけるかわかりません。しかし準備をしたからといってすぐに透析に入るわけではなく、表2に示した尿毒症の症状が現れるまでは待てるのです。

    水貯留から「透析導入か」と心配しましたが、ベッド安静と水制限で危機を脱した人たち。

    表3に示した5人の人はすでに利尿薬は限界まで用いていましたが、食事の時以外はべッドで寝ているよう安静を強化し、水摂取を毎食事100~200mlに制限したところ、体重が元に戻り危機を脱した人たちです。

5) stages5の人々の実際の経過

    しかしeGFR15未満だからといって諦めてなにもしないというのは気が早過ぎます。以下の人々は15未満で保存療法を始め、現時点ではeGFR減少傾向がみられません。

82歳男性、CGN(図5)
    eGFR16.6で来院、1年間経ちましたが2012年12月のeGFRは15.3でまだまだ保存療法を続けられそうです。食塩のとり方がつねに7g以下などが好条件としてあります。

67歳男性、CGN(図6)
    2010年5月にeGFR14.3で来院、はじめeGFRは10迄下がりましたが、2013年1月のeGFRは10.2です。尿蛋白が1日0.3gと少ないことが好条件としてあります。

74歳女性、CGN(図7)
    2010年4月にeGFR 16.4で来院、3ヵ月後のeGFR は10迄下がりましたがそこから下がらず、2013年1月のeGFR は9.5です。eGFR の上下動が激しいのですが、その原因はわかりません。尿蛋白が1日1g以下と少ないことが好条件です。

    ここに掲げた人達はいつも言っている21の進行因子を丹念に治療した人ですが、それ以上特別なことはしていません。

    ところがeGFR 10未満では進行が停止する人はきわめて少なくなります。

33歳男性、CGN(図8)
    2009年I2 月に来院したときのeGFR は8.4でした。2011年4月まではeGFR はほぼ安定していましたが、その後低下傾向がみられ、最近の2013年1月のeGFR は7.2です。しかし3年間透析に入らず保ちこたえている点は、腎機能高度低下例にある種の希望となりそうです。

54歳男性、CGN(図9)
eGFR9.9で来院、一旦進行は止まりましたが、再び進行、1年後の現在4.7に低下しています。食塩制限、リン制限が十分にできていません。2月に腹膜透析導入となりました。

6) 2012 年に透析導入となった人達のeGFRと症状

    6ヵ月以上当クリニックの治療をうけた末に、平成24年(2012年)に透析導入となった人は 15人でした。表4をみると、導人時の eGFRは4.5~6でした。導入のきっかけは水貯留が9人(60%)ともっとも多く、次に悪心(おしん、むかむかする)、食欲低下が8人(53 % )でした。水貯留と悪心を併発した人が3人(20%)いました。No2の人の「不眠」も尿毒症の症状です。No12の人の「疲労感」もNo14の人の「足が重い」も尿毒症の症状です。無症状の人が 2人居ますが、No10の人はご本人が早期透析開始を希望されました。No15の人は遠方の方で地元の主治医の考えで透析導入となりました。

7) stage が進むと従来の保存療法は効かなくなる理由は何か

    1年以上停止例の率はStage3、Stage4 ではそれぞれ 34.2%、31.1%ですが、Stage5になると 22.9%と下がり、eGFR10未満では 12.8%とさらにドがります(図10)

    どうもeGFRが下がると進行を阻止することは難しくなるようです。そこでなるべく早期から保存療法に取り組むのが良いのです。

    ところでStageが進むと進行しやすくなる原因はなんでしょうか?いつも示している21ないし22の進行因子以外の未知の進行があるのでしょうか?

    一つの可能性として腎臓組織の変化の進行が考えられます。図11は進行した腎臓の組織の写真です。糸球体は潰れて「糸球体硬化」の像ですが、間を埋めている間質は構造が乱れ、尿細管の構造がはっきりしません。またリンパ球が黒いゴマのように多数現れ、全体として間質の炎症が強く起こっている像です。左の正常な組織と比べてみて下さい。つまりStageが進むと糸球体の変化とともに間質の炎症が甚しくなり、これが一つの進行の原因となっているようなのです。

    今後Stageの進んだ人の進行を止めるには、糸球体への対策だけでなく、間質への対策が必要のようです。

    「間質保護」に働く薬剤として表5に示したものがあります。これらのうち活性ビタミンD、カモスタットメチル (フォイパン)はすでにeGFR<10 と進んだ人にも投与しています。この二つは、糸球体は障害されていず、間質炎のみがあると考えられる人には劇的な効果を示します。

    表5 の中でまだ腎臓病の人へ用いていないものがあり、それを使用してみる必要があると考えています。これは「適応外使用」の方式をとれば、用いることができます。

   今後患者さんの同意を得た上で、これらの薬のうち有カと思われるものの効果を見たいと考えています。

    このCKD進行を抑える試みは、患者さんを幸福にすると同時に医療費削減により、国の負担を大きく減らします。なにしろ保存療法の医療費は透析のそれの11~ 13%にしか過ぎないからです(図12)

    Stage4 迄は、慢性糸球体腎炎と糖尿病性腎症ですでに70%台の停止・寛解率を示しています。今後Stage5 の進行を抑えるという、「究極の保存療法の開発」が必要と思います。

8) まとめ

   1.透析導入を考えるeGFRは「6未満」です。これは日本国内のほぼ一致した意見でもあります。

    2.「透析の準備」とは、内シャント造設または腹腔カテーテル挿入です。準備のあとどこで透析を始めるか、維持透析はどこで行うかについて、患者さんと相談して話をすすめます。

    3.平成24年(2012年)、6ヵ月以上当院に通院していた人から、15 人が透析導入となりました。導入のきっかけは水貯留が60%ともっとも多く、次いで食欲不振等の尿毒症の症状が53%でした。

   4.急に透析導入が必要になる、ハイリスクの人の特徴を表1に示しました。

    5.Stage5 の人はStage3、 Stage4 の人に比べ停止例の率が低く、保存療法はなるべく早く始めることが大切です。しかしStage5 に人ったからといってすぐ透析に入るとは限りません。eGFRが10~15であれば、諦めずに治療を熱心に行うべきです。

    6.eGFR10 未満では、ほとんどの人で進行を止めることが難しくなります。この理由の一つは「間質の組織病変の進行」だと思います。間質保護に働くとされる薬剤を用いてみる必要があります。