とりで通信

第129号 『瞑想』が腎臓病の進行を停める?


 

椎貝クリニック    椎貝達夫

 

1)腹膜潅流段階的導入法 (SMAP) 後にみられる不思議な現象

      図 1 ~ 5 は 5 人の患者さんの SMAP 前 後の成績です。どの人も術後見事に eGFR の下降がなくなり、腎不全の進行が止まってい ます。SMAP とは全身麻酔下に長さ 40 セン チのカテーテルを腹腔内に挿入し、いつでも腹 膜濯流 (PD) が始められる準備をする手術で、3 ~ 7 日程の入院が必要です。カテーテルの 端はそのままにしておくと感染源となる為、皮 下に埋設します。PD を始める時に皮膚を切 開し、カテーテルの端をとり出します。このカテ ーテルは入っているだけで、腎機能には何も影 響しません。

この 5 人の SMAP 術は一番 早い 人で2012 年 2 月に行っていますが、5 人の誰もが
PD 開始に至っていません。それは食欲低下などの尿毒症症状がまったくなく、またたとえ症状がなくても eGFR が 4ml/min/1.73 ㎡以下となれば PD を始めるべきですが、そのような腎不全進行のサインがない為、保存療法を続けているのです。どの患者さんも元気一杯で、「もし PD が必要ないなら、今の生活のままで」と言っています。もっとも SMAP を受けた人のすべてが進行が止まってしまうわけではありません。図 6 の 39 歳の男性の場合は SMAP後も腎機能は低下し、まもなくPD 開始の予定 です。

   この SMAP 後それまでの進行が停止する 現象は、透析医療に携わる医師には以前から 知られていたようです。しかし患者さんの、「モ チベーションが変ったのだろう」、「食事が変っ た為ではないか」、「血圧が下がった為ではな いか」などと考えられて、深く追求されなかった ようです。

     しかし何十年も腎臓病の進行を抑える医療に専念してきた私にとっては、きわめて「不思議 な現象」でした。例えば図 1の糖尿病性腎症の 患者さんは SMAP 術後も尿蛋白は 1 日 10g 以上出続けていて、きわめて強い進行原因が そのまま残っています。進行の原因は何一つと り除かれていないのです。しかし術後 GFR は ほとんど横 這 いで す。どの 患 者さんにも、 SMAP 術後進行を停める「強力な力」が働 いているとしか言いようがありません。

2)停止理由をしらべる

  この 5人の進行停止例の SMAP前後の 体重、血圧(外来血圧、家庭血圧)、蓄尿 でみた食塩・蛋白摂取量、ライフスタイル、 服薬内容、血液の素成、尿蛋白排泄量を 比較しましたが、表1に示すように大きな 変化はみられませんでした。SMAP後も 他の通院患者さんと同じ方法で、4~5週 毎の診察を続けているので、前後を比較 することは容易なのです。

そうなると、前後で変化したものは、 SMAP術後生じた患者さんの「心の変化」 ではないかと考えました。もっとも、一人一人の患者さんにお聴きすると、それ ほど大きな心の変化ではありません。一 様に患者さんが答えたのは、「いよいよ透 析の準備か」という「諦めの気持ち」と「い つでも透析に入れる」という「安心感」で した。きわめて大きな気持ちの変化があっ たわけではなさそうでした。

  しかし 5人でみられた進行停止のパワー は、降圧療法、抗蛋白尿療法 (蛋白尿を減 少させる治療 )など、これまで知られた治 療法の強力なパワーをしのぐものでした。

 3)「瞑想」を勧める

   そこで患者さんの心を変化させるのに 効果的と思われる「瞑想」を勧めました。 勧めたのはおもに CKDステージ5の、 eGFR15以下の約100人の患者さんです。 一番初めに勧めたのは 6月中旬ですから、 まだ 3ヵ月しか経っていません。集計す るには早いのですが、「いちじるしい効果 があった人」は 29人 (29%)です  ( 図6 )。 ステージ5に入ると、2週ないし 4週毎に 測る血清クレアチニンは毎回上昇し、 eGFRは毎回減少するのが普通ですから、「いちじるしい効果」、「自然経過を変える何らかの効果」は「瞑想」による偶然の結 果とは到底思えません。一般にステージ3、ステージ4で治療を始めた人に比べ、 ステージ5で始めた人の治療成績は明らか に悪くなります (図8)。「瞑想」はステー ジ5で治療を開始しなければならない患者 さんの、有力な治療法となるかもしれま せん。

瞑想がいちじるしい効果を示した 64歳 男性の成績を示します ( 図9 )。この方は 自宅にある水槽の魚を 1時間見つめ、瞑 想に達しているようです。

4)「瞑想」の何が効果を上げているのか

  しかし、「瞑想」についてはわからない ことがいくつもあります。私が患者さん に勧めたのは、「とにかく瞑想せよ」でし た。どうすれば効果的か、まったくわか りませんでした。私は座禅を行ったこと も、心理学を修めたこともありません。 その人間が「瞑想せよ」というのですから、 患者さんはと惑いました。そのうちに患者さんが自ら勉強してくれ、いろいろわ かってきました。

   瞑想に入る時の呼吸法、瞑想とは何か、 心はどう変わるのか、どのような瞑想法 があるのか、がある程度わかってきまし た。表2に現在までわかっていることを まとめてみました。

5)こころ (脳活動 )と腎臓の関係

交感神経活動が腎機能に影響すること は知られています。冬の寒さに曝されると 腎機能は低下しますが、これは寒さで交感 神経の緊張が高まったためと考えられて います。また最近腎動脈周囲の交感神経を 除去すると腎機能が温存されるのではな いかと注目されています。

「瞑想」で血圧は下がりますから、あるい は交感神経を介して腎機能が改善するの かもしれません。5人の患者さんで交感神 経活動が瞑想前後で変化するかをしらべ ましたが、一定の傾向はありませんでした。 しかしこれは 7月に行われた試験で、未だ どのような瞑想法が良いのか試行錯誤の 時で、瞑想法を統一して再度調べてみる必 要があります。

  交感神経を介するのではなく、脳の機能 そのものの変化が腎機能に影響している可能性もあります。腎臓は寡黙な臓器で、 現在のように体液量調節に大きな役割を 持っていることが知られたのは最近の 40 年間です。漢方でいう「腎虚」とは、精力減 退の意味で、中国では長いこと腎臓は精力 に関係する臓器と考えられていました。

  私の「腎臓病の話」(2007年岩波新書 )か ら一部引用してみます。「糸球体で濾過さ れた濾液には 1~3mg/dℓの蛋白が含まれ ますから、濾液がそのまま尿として排泄さ れれば 1日の濾過量は 160ℓですから、1日 に 1.6~4.8gの蛋白が漏れ出てしまうこと になります。1日に 3g以上蛋白が漏出すれ ばネフローゼ症候群といわれる「高度蛋白 尿」状態ですが、健康者では尿蛋白はせい ぜい 1日 150mg迄です。

 なぜそれだけの漏れで済んでいるのか というと、残りは尿細管で再吸収されてしまうからです。糸球体に炎症が生じると 糸球体の濾過機能がおかされ、多くの蛋白 が漏れ出します。そうなると尿細管では 十分再吸収できず、1日0.5g以上の尿蛋白 となり、糸球体に病気が生じたことがわ かります。

 病気が進むと蛋白尿の量は多少多くな りますが、どんなに蛋白尿が増えてもせ いぜい 1日10g迄のことが多いのです。つ まり腎臓が病気となっても尿細管の再吸 収能力は増え、体がひどい低蛋白血症と なるのを防ぐのです。また尿量について みると、どんなに腎臓病が進行しても尿 量が増えて困ることはまずありません。 腎不全の進行はなかなか気づかれないの です。また糸球体濾過値が 5mℓ/minと正 常の 20分の 1となっても、それだけで体 がむくみのために異常に体重が増えるこ とはありません。つまり病気が進行して も腎臓の調節能力はよく保たれている場 合が多いのです。健康な腎臓でさえ、 99%の濾液を再吸収してしまう精妙さに 驚くのですが、病気が進んでも体に目立っ た破綻を来さないその調節力には、つい「特別な力」を考えてしまいます。なにし ろ哺乳類の今の腎臓が出来上がるまで 5億 年もかかっているので、この長い年月の 進化の過程で今のいろいろな調節能力は 得られたのでしょう。しかしあまりの精 妙さにただ驚いてしまい、super powerが あるのではと思ってしまいます。

  「脳の活動が腎機能に影響するなんて、 聞いたことがない。」と多くの腎臓学者は 言うでしょう。しかし瞑想が腎臓に作用 して腎機能を改善させることを、誰も否 定できないのです。腎生理学が発達した といっても先に述べたようにまだまだわ からないことだらけです。
 もし瞑想のような精神活動が意味があ るとすると、私達はそのプラスの部分を 注目したいものです。謙虚に、素直に事 実を見る眼を養うべきなのです。

 6)まとめ

 SMAP術後それまでの腎臓病の進行が 止まってしまう不思議な現象について述 べ、それが術後生じた患者さんの心の変 化によるのではないかとの考えから、主 にステージ5の患者さんに「瞑想」を勧め ました。その結果自然な腎臓病の進行を 変え、腎機能を改善させることがあるの ではないかと思われました。ステージ5に 入ると、通常は進行はほとんど止められ ません。

 瞑想が腎機能を改善させることは事実 なのかどうか、これから科学的に検証す る必要があります。瞑想といっても患者 さん毎にやり方がマチマチです。指標と している GFRは、本当に腎機能を反映し ているのでしょうか。瞑想は患者さん自 身が行うので、薬の効果をみる時の手段、 プラセボ、ダミーが用いられません。し かしこのようなハードルを乗り越え効果 を実証できれば、腎臓病保存療法は大き く発展します。